先週、(木、金、)雪の為臨時休業させていただきまいた。申し訳ありませんでした。
日曜日には、クラシック・カークラブの方が来られ「50人位これる?。」
お話をお伺いしていますと、徳大寺さんなども良くご存知の方との事。
I・Kサン、今度一緒にお会いしましょう。
今度は、愛車で来られるそうです。(うちのトランクを積んで撮影する事になりました。)
それから、K・Eさん、有難う御座いました。
紹介して頂いたKさんにもよろしくお伝え下さい。
それにしても、とてもリピーターの方に多く来て頂いております。
これは、自慢して良い事なのでしょうね。満足度?が高いという事でしょうかね。
皆様に感謝いたします。
有難う御座います。否、絶対数が少ないのも確かに事実ですが、それにしても有難い。、
さて、お待ちかねの続きですね。FRANCEでしたね。
皆さんもお気付きかと思いますが、意外とMADE IN FRANCEと言うのは少なく、
男の世界ではアルコールですね。
女性の世界では、化粧品、洋装品ですね。勿論ワインなどは女性も大好きでしょうね。
しかし、高級ブティックの多くの品はミラノ(コモ)で作られていました。
私がとても気に入っていた、「ガルトルッコ」と言うお店も、パリの高級ブティック御用達、
その様なお店でした。何故ここを知ったか?ミラノの冬は寒く運河からの霧が
立ちここめます。ロンドンに似ているので、トレンチコートが欲しくなり捜しました。
中々ありません。ええ、無いのです。そうです。中が無地の物が欲しかったのです。
店内に入り物色していると、「何かお探しですか?」「トレンチコート」「どこのメーカーの?
うちは色々なメーカーがある。」「どうして?」「うちで作っているから。」
「えぇ~あのMADE INENGLANDの B社、A社の?」「そう、他の有名ブティックのも・・・」
と言う事で、「中が無地のを探している。」
「ステンカラーやローデンや他のタイプならある。作れば?」
「幾ら?」「・・・・ 失礼しました。」
確か、この時「シャツ」を何枚か(カミチャ クラシカ ビアンカ ティーポ フランチェーゼ・・・
日本ではイタリアン カットと言うのにイタリアではフランス風と言います。)と、
マフラー(カミサン用ローマ時代のろうけつ染めの再現した物。)を
購入したのを覚えております。(6~7年前に行った時はなくなっておりました。)
シャツはとても上質でした。
さて実は、昨日来られた自動車クラブの方は、ミシェランやプジョーのお仕事を長くされて
いたそうです。しかもセールスマンの方などに車の特徴などを教授していたそうです。
専門家です。また、かのアストンマーチンのオーダーした車の完成を何週間?何ヶ月?か
殆ど毎日チェックで小さな工場に滞在されたとの事でした。
「丁度ここのような感じで・・・」?????彼は「綺麗な場所で、さほど大きくない工場?
(コウバです。)」
AT HOMEの意らしい。私にとっては、最大の褒め言葉です。有難う御座います。
色々な方が来て色々面白いお話には尽きません。
確かFRANCEでしたね、話しが混線。
まず、始めにフランス国歌の歌詞と日本国国歌の歌詞をお読み下さい。
違いは一目明瞭ですね。その様な違いがあります。
ここからスタートを切りましょう。頭を切り替えてね。
さて、FRANCEは革命により近代化が進みかけますが、ワーテルローの敗戦によりやや混
乱が進みます。が、ナポレオン3世とオスマンが戦争や革命で荒廃していた首都大パリ
改造、実施しいたします。(公衆衛生からも)
公の建物の整備建造、道路の拡張、整備、鉄道の敷設と駅舎の整備が行われます。
つまり、ゴヤード、ルイ・ヴイトンの活躍の場をナポレオン3世と夫人が用意したと
云えましょう。
結果、道路が良くなり、流通が盛んになると、物が増え、豊かになり、旅行が始まります。
と言う「桶屋」より解り易い構造ですね。花形構造活況業種となるのであります。
時は、2次産業革命の中、消費時代が始まります。
まだ、オートメーションの大量ではなく、節度ある等身大の、人間力のマニファクチュア
リング(マニとはMANOー手の意)の時代です。
交通が発達し、有能で意欲のある人々がパリに集まり、先に豊かになった人達(ブルジャ
ージー)に供給していく優れた品を、用意したのでした。
こうしてFRANCE国内に留まる事なく、植民地や、遠くの国にも及びます。
その様は、規模こそ違えさしずめ今の中国、半世紀前の日本の様だっかも知れません。
とにかく、フランス版文明開化だったのでしょう。そして、その富はやがて、
ルネサンスのようにアール・ヌーボーを開花させます。
ワーテルロー以降、立場が逆転、英国に追いつけ追い越せ。
今まで、文明と文化を英国に輸出していたのが、逆輸入となったのです。
ルーブルを整え、ガルニエを作り、やがて初回パリ博覧会、第2回パリ博覧会(幕府、薩
摩の参加)、エッフェルの雄姿、こう云う状況の中、彼はどんどん新たな知識を積極的に
受け入れ、工夫をし、新たな物を世に送り出して行きました。
勿論、その主な理由は2つありました。1ツは、技術革新と機能。 2ツ目は類似商品との
差別化。レニエ、ダミエ、そして革命的LVイニシャル・モノグラムの誕生。
世は大洋を行き交う蒸気船の時代です。時が彼らを呼んだのか?それとも彼らは時を
読んだのか・・・・・
ゴヤードから遅れる事一年。場所もそんなには離れないコンコルド広場とガルニエの近く。
互いに競い合ったのでしょう。勿論彼らの他にも雨後のキノコの様だったでしょう。
しかし、この二社は現在の揺ぎ無い地位を得ているのです。
そして、19Cの後半にはL・Vの2号店を戦争の思いがまだ残るロンドンに出店いたしま
す。予想通り困難が続きますが、駅の立地を得てからは進展していきます。
やがて、何度目かの移転で NEW BOUND STREETに落ち着きます。
私の所に在る、さほど大きくない1個のケースは、ロジーヌ モデルなのですが、
ヴイットニットの様に無地のこげ茶色(後のJ・ルイス モデル?)、僅かにリベットと
ハンドルの刻印と内部のシールでヴィトンと分かります。
その上、金具は英国製の物を取り付けています。
フランス製の金具は壊れやすいとの事らしいです。
何方か、ルイ・ヴィトンの原宿かパリのお店で、日本製の金具を持ち込んで
オーダーして下さい。自信の在る方連絡を請う。
クワバラクワバラ。でも、最近のルノーもプジョーもインターナショナルスタイルですね。
シトローエン5Cのツッアラー、良いよね。美しいよね。エレガントですね。
昨日のM さんは、今日のONE BOXの隆盛はフランスから始まったと仰っておりました。
「たまご」?
こんな感じです。物作りに付いて少し書きました。
又何かの機会に何か見つけて書きます。ありがとうございました。