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2011年2月

2011年2月26日 (土)

タイタニック号 進水100周年とルイ ヴィトントランク と一人の日本人

タイタニック号のお話は、私共のGARRETには、格別の思いがあります。

何故なら、当時の数個の大型トランク、乗船者全員のリスト(唯一の日本人生存者で

有名な方のお爺様のお名前やポスター QUNARD WHITE STAR 社の新聞広告、

創設100周年のQUEEN ELIZABETH Ⅰの1938年の特別記念メニューや非常食

など展示しております。

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トランクには、いくつもの大型ワードローブ(この中に入っていた不思議な形のハンガー

にまつわるお話などもさせて頂いております。)をはじめ、靴入れ、ランドリー、ハットBOX 

などの専用ハードケースなど、ご主人様と豪華な船旅をしたと思われる、数々のWHITE

STAR LINE乗船シール付きトランクをご覧いただけます。又、なぜ、トランクがその様な

寸法になったのか?、等・・・ご説明させていただきます。

タイタニック号とルイ ヴィトンを同時に楽しんでいただけるとおもいます。

是非、ご覧下さいませ。

お帰りにはそれらのトランクをバッグの中へ入れ、お持ち帰り頂く事も出来ます。

知らせてくださった I ・K さん ありがとうございました。

進水100周年 豪華客船タイタニック号展

日本橋三越本店で3月2日(水)~14日(月)

「高級とは何か?」ルイ ヴィトンのハードケースはお父様の新婚旅行の時の物。

今から数十年前、お父様がパリで幾つかのロジーヌモデル等をご購入され、現在でも

お使いになられているそうです。その様なご夫妻に愛知県から高速でお訪ね頂きました。

しかも、一泊されるので、私のブログを見て、冨士屋ホテルさんにお泊りだったそうです。

凄い。私の事に関しては、チーフ コンシェルジェの方がパンフレットを何処かに展示して

下さっているとの事でした。

さてこの様なご夫妻であり、お話をお伺いすると、かなり知識をお持ちで、ヴィトンの

名古屋店でハードケースをオーダーしたのだが、鍵の調子がいま一つスムーズでは

無いので、連絡を取ると早速見に来てくれ、対処してくれた。との事。

大変喜んでおられました。高級とはこういうことなのだと理解したそうです。

私も、もう昔の話になりますが、東京に居た頃、麻布にあった老舗のカスタムメイドシャツ

のT店でお願いしておりました。で、引っ越したので電話でオーダーしました。

何日か過ぎ、受けとって着てみたのですが、かなりサイズが違うので電話をして説明した

ところ、少しして、「申し訳ありませんでした。古い方の型紙で作ってしまいました。早速

明日、お伺いいたします。」「その必要在りません。」「それでは、納得できません。」

何度か繰り返し、「じゃーどうぞ。遠いですよ。」翌日、新幹線とタクシーを乗り継いで

お二人が、粗品をもって・・・恐縮至極です。私の方がです。確認の為、再採寸。

驚きでした。「何処か直すところはありませんか?」、「有りません。」「お届け・・・」

「郵送で結構です。」今から考えると笑い話の時代の変化ですね。

でも高級品・店というのは、こう云う事なんでしょうね。

私の極身近な方に古い電機メーカーの若いエンジニアがいます。

「うちは高いとよく言われますが、家電商品のように売って終わりではないのです。

何十年も100年も使うかもしれない。そう云う事も考慮しないといけない・・・。」

との事でした。さて、つまりは、合理的とは何かということの問題ですね。

それぞれに、「合理」という言葉が使われるのですが、とかくアイデンティティーの認識が

弱い私たちは、固有のスチュエーションが定義できず、本質を見出さない事が

多いようですね。しかしながらこれはとても便利なのです。見出さないシステムというのは。

皆にとって都合がよいのです。太子曰く「和を以って尊しとする」コレが破綻すると、

今の永田町という有様です。皆で学習しようよ。正に幕末の江戸城内。

つまり話は、貴方にとっては大切なものは何か?何を?お求めですかという事ですね。

お帰りの再、「遠路お訪ね有難う御座いました。」

「LVの担当者に聞いても、『解りません専門部所に聞きます。』-返事無し。」また、

「アンティークSHOPで訊ねても、良く解らない。第一この様に綺麗なものは、見たことは

無い。色々参考になりました。来て良かった。」

「彼らは店員です。それから今度、マニアクラブを立ち上げようと思っています。

参加していただけますか?」

「参加します。でも皆凄い人が居るんでしょうね。」

WHITE GLABE COURSE(forVIP)を選んで頂いた A ご夫妻様有難う御座いました。

お気をつけてお帰り下さい。

それから、浜の正解者さま「ご馳走になります。」ラッキー。ありがとう。

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2011年2月25日 (金)

ヴィトンの古いトランクのオーナーになりませんか?

貴方もヴィトンの100年くらい前の古いトランクのオーナーになりませんか?

しかも、世界でたった一つしか存在しないのです。

そうです。貴方が、トランク職人になるのです。私もなりました。

あの伝統の職人芸を味わえるかな?

そうです。GARRET COLLECTIONが所蔵する歴史的にも貴重な12分の1(国際規格・

ドールハウス規格)でご用意いたしました。

簡単な物なら30分(下の写真のものです。)足らず、複雑な物なら半日くらい掛かるかもし

れません。ただし、個人差があるので、時間や出来具合は、随分違うと思います。

でも、上手く出来なくとも、世界にたった一つの「ONLY ONE」

トランクの細かいところまで再現されているので、「あなたの知らなかった発見」が、

必ずあると思います。また、貴方様のイニシャルを本物と同じように入れる事も出来ます。

職人気分と完成後のオーナー気分を同時に満喫できます。

でもそれと同時に、LVの職人さんの素晴らしさも想像できますね。

私が用意したもの全部試しに作っておりますが、本当に、良く出来たと思います。

古い友人の元製図機会社でデザインしていた超拘り人の I 氏からも「コレなら

商品になるね。」とお墨付きを頂きました。

横に、コーヒーかワインでも置きながらゆっくり春の夜長を贅沢にしてください。

それから、作るのに一寸したKNOW HOWがあります。

その為、教室(数人で)を開いて作っていただけるようにいたします。(勿論、参加費無料で

す。)

参加者の方には、お弁当をご持参していただいてもいいですし、こちらで簡単なものを

御用意もできます。

如何でしょうか?とにかくクリエイターになろう。参加しよう。楽しもう。お話しよう。・・・

一日いて下さい。

2011年2月24日 (木)

ルイ ヴィトン歴史的収集品の「誌上博物館」 

MONO STYLE 「カバンモノ」の御知らせを昨日させていただきました。

早速何人かの方から、ご連絡いただきました。

その中のお一人の方は、日ごろから大変お世話いただいている方、K氏です。

「たくさん買うよ。」とても有り難いのですが、どうされるのですかね?

また、ヴィトンの方にあげるのでしょうかね。せいぜい2冊位で・・・・

セレブ買いは止めましょう。

もう一人の方は、Y150に来てくださった方です。私も良く覚えております。

と言うのは、私の出したクイズに確か一人だけ正解して下さった方です。

しかも、そのうち横浜から来て下さるらしいです。

横浜と言えば・・・・・そうです。貴方も一度は食べた事のある、

あの有名な会社にお勤めの方です。

あの時は、御褒美が無かったので何か用意しないと・・・・・?

さて、昨夜CNNでやはり、中国でヴイトンを頂点にカルティエ等大ブランドブームが来ると

投資家が気合を入れ始めたそうです。まもなく、ブレークするのでしょうね。

ヴイトン・ロンドン店では、既に品薄で購入制限がされているとの事。恐るべし中国。

残念ながら、一流品止まりのエンドユーザー(コンシュマー)商品は、

歴史的背景のある超高級品には勝ち目が無いようですね。

只反日感情ということではないでしょうね。

今に、made in JAPAN も今に made in USA と同じイメージになるのかな?

でも、APPLEで頑張っていますね。日本には・・・・いっぱい良い物があるのですが残念。

デビューさせられない。何故でしょう。コレはもしかして、ものつくりの問題ではなく、

私たちの風土的問題の様な気がします。つまり、「窮屈な世界 - 村社会」の問題です。

勿論、村社会は素晴らしいところが沢山あります。

私は、何よりも好きなのはスケールです。つまり、ヒューマンサイズなのです。

コレが逆になって大きな弊社社会を構築してしまいます。

私も、中国に移転しようかな?それとも香港のクリスティーに一括でお願いしようかな・・・・

もちろん、MONO STYLE2冊位付きでネ、真剣に考え始めました。イヤ本当です。

政治家は、昔は腕力、今はインテリジェンスが必要なのです。

そして勇気のアル行政官が必要です。今の政治家や公務員を、良く見てください。

勿論、多くの方が誠実デ業務に励まれています。特に、私の周りに居られる方は、情熱家

が多いようです。お陰で私も助けて頂いております。感謝。

つまり、制度が旧退化していると思います。MONOには寿命が、己から在りますが、

法律には、殆どありません。従ってシャバでは10年一昔と言いますから、役所では30年

一昔として考えて、機能不全してないかチェック。でも又人件費の問題・・・

でもこれが、過渡期現象なのかもしれません。

300年耐えたのですから、何と云うことは無い。心配御無用。

2011年2月23日 (水)

Louis Vuitton Histrical collection 「誌上博物館」間もなく

先週の土曜日、当市のひな祭り会場にて広報-パンフレットの配布を実施中、

開館でテープカットをして頂いた市長さんと秘書の方(その後も来ていただきました.)とに

遭遇いたしました。近づいて来られたので、ご挨拶いたしました。

「日経ヴィジネスにも出ていたけれど、まさにL・Vは職人の仕事のようだね。」

「お雛様も職人の世界ですね。」など少しお話いたしました。

いい物は、残りますね。有難う御座いました。市長さんご苦労さまです。

さて昨日、既に度々書いている雑誌のO・T氏と最終確認をしました。

その際、多少はブログの読者の方に、予告しても良いとの許可を頂きました。

先ずは、ワールドフォトプレス社 MONO STYLE カバンモノ 3月3日発売 ¥980 

タイトルは、Louis Vuitton Histrical collection 「誌上博物館」です。

何と、10ページ頂きました。約50点紹介して頂きました。GARRET Collectionの

トランクがほぼ6割位紹介されます。大変です。拘り人の方是非見てください。

否、買ってください。良いものはGET、多分、将来プレミアが付くかもしれません?

たぶん史上初でしょうからね。L・Vの関係者の方も是非お求め下さいませ。

また参考になると思います。海外の方も欲しくなると思いますよ。

日本ではまだまだでしょうが、海外では、かなり人気がある様です。

所謂ハリウッドの方面の方等やセレブの方達の、ステイタスだともお伺いした事が

あります。

この様な事とは無関係な、私の思いを正直に3、000余字にまとめました。

勿論、山之内の奥方様ですが、かなり真面目に書きました。

どうかな?とにかく損はしないと思います。損と思ったらブログで抗議しよう。

その代わり、得と思ったなら皆に知らせてくださいませ。

構成、デザインも私好みにして頂けました。この辺りが一般誌の限界でしょう。感謝。

暖かくなって来ました。「書(雑誌)を持って、ガレットに出よう。」お待ちしております。

約1週間です。

2011年2月21日 (月)

ルイ ヴィトンとスミソニアン博物館とS・Cさん

昨日は、嬉しい事が2ツありました。一つは、先日から少しお話している、M誌の校正を

しておりましたが、先ず始めに心配していたヴィジュアルが、とても整理されていて、

ヴィトンのトランクのように明快であった事がうれしかった。その上、何と10ページを大胆

に頂けた事。光栄です。

期待の大きさに驚きです。先ずは、編集のO・Tさん有難う御座いました。

余り、まだ詳しくお伝え出来ないのが残念です。

発売は3月始め。定価は¥1、000位でしょう。

さて、2つ目は先日イタリアに留学されていた方、Sさんのお写真ご覧頂きましたね。

あの、方からメールを頂き又レモンと共に来てくださるそうです。

その上、広報活動も・・・恐縮です。こちらも両方期待大。

その彼女は、今度はワシントンDCに行かれるそうで、「何処か良い所」との事。

ワシントンといえば私にとっては、WHITE HOUSE より大切なのはスミソニアン博物館。

ここだけで、1週間は掛かるそうです。全部見るとね。すごいね。『これがアメリカ』ですね。

勿論、エノラゲイもあるそうですが、私はスピリッツ オブ セントルイスに興味があります。

リンドバーグは、行きは孤独な死を覚悟の空からの渡仏、帰りは船上の英雄として帰国、

勿論、荷物は幾つかのLVマークの中、絵に成ったでしょうね。タイタニックよりこちらの方

が、私は、好きですが・・・。とにかく彼は「意志の力」でやり遂げたのですからね。

「FORCE」です。「ジェダイの騎士」ですね。偶然の事故ではありません。

ジョルジョもガストンもとても嬉しかったでしょうね。鼻高々。

何しろ、名前も St.LOUISですからね。

とにかくラジオや新聞で知った大勢のパリ市民は、郊外の飛行場で彼が、世紀の英雄に

なる瞬間を目撃したかったのでしょうね。きっと、アポロの英雄達の様だったのでしょう。

因みに1919年飛行機用専用トランクを用意。その後、「フライエル FLYER」シリ-ズとな

ります。LVには残念ながら?、その後空の旅が急速に発達して、トランクにも軽量化の追

求が始まり、今日のプラスティックとキャスターの時代に入ります。

残念時間は戻りません。勝負あり。身売りいたします。

そもそも、この大切な時間を展示しているのが、博物館なのです。日本人にあるのは、

仕事の時間軸だけではないと思いますが・・・・・

この様な事を頭の隅に入れ、スミソニアンの航空宇宙博物館を訪ねるのは最高ですね。

私は、ウフィチの「ヴィーナスの誕生・春」も珍しく単純に好きですが、セントルイスが姿を

見せた時のあの歓声が、飛行機の中から今でも聞こえてきませんか?・・・

これは、現物を目の前で見て始めて聞こえてくるのです。コレが大切です。

私が行くとすれば、1ヶ月くらい掛けたいですね。そして私に、疲れきった彼が、こちらを

見ることも無く操縦席から、「Please one St.Louis coffe」と・・・・オーダーするかも・・・

もし行かれたら絵葉書「セントルイスの魂」送ってくださいね。生土産話とね。

その前、来てくれれば「FLYER」もう一度説明いたします。メール有難う。

O・TさんS・Cさんありがとう。 Ci vediamo salute、

2011年2月18日 (金)

ヴィトン・マニアお待ちかね、いよいよ、発売します。

今日は、久しぶりに近所のS氏が来て他愛も無い話から、選挙の話になり、「いや、別に関

心が無いわけではありません。とにかくいいと思う方に投票いたします。ただ、この体たら

く、・・・・・ここ数十年の付けが出てきたのです。選ばれる方も、選ぶ方にもこんなに大き

くなって出てきたのです。両者の怠慢の結果でした。

さて、「政治家を変えても・・・?政治は変わらないのか?」

政治家は、特に参議院は確か『良識の府』?何の為、誰の為の良識か?でしょう。

そこで私の持論を彼に伝えました。裁判制度と同じように、参議院は任期を2年位(出来る

限り多くの国民に参加の機会を与える。)にして、選管で成人国民から任意に無作為に選

びます。勿論、有給、格別待遇、任期中は身分保障など、またサポート役としての専門家

のアシストを受ける事も出来ます。また、秘書?は一人必要かな?こんな感じで如何でし

ょうか?太田総理はもう終わりましたよね。この件は以上です。

先日から、L・ヴイトンも私のガレットも少し関係ない方に行っておりましたね。

そろそろ半年に成らんとしております。お陰さまで来客の方は極少なのですが、かなり際

立つ方々が徐々にお集まりくださいます。かなり凄い方々です。来週は、名古屋からのお

客様をお迎えいたします。

この様な状況で、来月イヨイヨM誌にて特集をしていただけるのですが、驚くようなボリュー  

ムのようです。こうご期待。

そこで、以前から準備をしていた、当コレクションの案内用ミュージアムGOODSをご用意

いたします。「買ってチョヨ カムラッチョ。オネガイダガヨ」 失礼、名古屋から来てくださると

の事、嬉しくてつい・・・申し訳ありません。

発売は間もなくです。今週?来週?

1)コレクション トランク82個のフォト・ガイダンス  CD マニア バージョン

               同上              CD コレクターズバー ジョン

                            

2)私の見聞 「LOUIS・VUITTONの3・4・5?」   CD

 オーナーの特権により、『持ったり』『開けたり』『裏返したり』時には『ニオイ                                                               

 ?をかいだり』『聞いたり・読んだり・キーを叩いたり・邪推したり・・・』をまとめました。

 そして、3・4・5と結論いたしました。

 オーナーの名前(別途料金)も記入できます。何れ約100個弱のとらんくすべてご用意い 

 たします。全部そろうと、貴方様も「館長さまです。」

品質は、全てMADE by GARRET ですので数は多く作れませんが、私が納得したもので

あります。参考に写真をご覧下さい。プライスの詰めを現在行っております。

ぜひ、お求め下さい。恐らく各50~100個位(初回特別バージョンになる予定です。

貴方の職人技で磨きが掛かります。アド致します。最後に、「良く出来ているでしょう。」

組み立ても私が行いました。ホームページにはもう少し詳しく出ているので見て下さい。

以上宜しく。

2011年2月16日 (水)

イタリアとイタリアンデザイン フランスとL・VUITTON 日本と物づくり  NO.05

やっと我が国日本?NIHON、NIPPON どちらでも良いそうです。先日池上さんが

おっしゃってました。

ここから、ユニークですよね。稀有。ONLY ONE を目指しているのでしょうか・・・?

さて、我が国の「物作り」は、アートの域に達する物作りの伝統に金字塔を立ててまいりま

た。個人的には室町時代というのがとても好きですが・・・さて置いて。

少し時間が経ち、戦国時代に近代日本の「物作り」の原点を見出せるのではないでしょう

か?それは宿命的といえる皮肉な文明の歴史であります。「戦争は人類滅亡を掛けた

究極のEVENTS」であり、最大の英知とエネルギーを惜しげもなく注ぎ込み、大きな悲しい

代償として、大きな発明をもたらします。

さて時代は15世紀末、難破船の乗員がもたらした、TANEGASIMA。アット云う間に

一小国主に天下を授けます。この時には短筒だった物がライフルになっていたのが、

脅威的だったようです。改良改善が瞬時に実行されたようです。勿論、サンプルや情報も

無く行われたそうで恐るべし「ヤーパン」(野蛮と関係あるのかな?言語学強い方教えて

ください。野蛮人?南蛮人?似てる・・・彼らが、日本人に聞いたのかな?カステラや

天ぷらやバッテラと同じように)。

そもそも、U・Kが世界チャンピオンになれたのは産業革命が起き、溶鉱炉で高質な鉄を大

量に作ることに成功し、この結果、多勢であった仏・西連合軍に、寄せ集めの

英艦隊が勝利いたします。つまり、艦船は少数であったが武装されていた砲門が

大量に艤装されてた。当時、砲門は、真鋳などの貴重な材料で作られていましたが、

溶鉱炉での高温精錬を取得したU・Kは安価で丈夫な大砲を確保したからであります。

ちなみに、ナポレオン軍が強かったのはココア・チョコレート、U・Kでは鉄。

後に、もしナポレンが3ツの戦いに勝つていれば、『チョコは国家なり』何処かの宰相に言  

わせたのでしょう。でも、フランスらしくていいよね。あアッ、だからベルギーチョコが有名な

のか?だって確かワーテルローですよね。敗残兵の残した中に・・・・・かな?

さて、話を戻しましょう。

とにかくこの様に日本の職人は、極めることが出来るのですが、銃身の最後部に螺子の

切られた蓋が付きます。ここは銃弾との間の火薬庫で、爆発室にするところで高圧

に耐えなければならない最も重要な箇所です。この螺子の意味合いが、解らない。理解

できなかったそうです。物理的構造力学が解せないのです。

それでも、見事に支障なく完成させ、当時世界的銃保有国になったそうです。

また、使用のソフトも長篠で考案され天下をほぼ決します。西欧人は脱帽です。

強くなれば他国を侵略したくなりますね。常です。ねぇ秀(英)ちゃん。

そして、この様に近代「物作り」?が、始まろうとする直後、300年の長きにわたり変化を

もたらされない「物作り」が実施されます。その為極めて狭い世界で完成度を高める職人

技が蓄積され、後年ジャポニズムとして高い評価を受けていきます。ルイ等も興味があっ

たのではないでしょうかね。何しろ第2回パリ博で目にしていたのでしょうから・・・

ほんの多少は、影響したかもしれないと考えるのは、身びいきかもしれませんが・・・?

歴史にナンセンスではありますが、もしも本能寺が無ければ日本人の忍耐力が・・・

CINI BOERI女史は、「INDUSTRIAL DESIGN とは忍耐だ。」と仰っておりました。

そして又「日本人は、私の事務所でも優秀で他の事務所でも優秀なのに、帰ると大した

仕事しないのは何故?」

これもブランディングです。「様にならないからです。絵に成らないのです。」

同胞では・・・外人が必要なのです。明治のお雇い外人さんの様な。やっと出れそうかな?

「上から目線で判断をしないからです。」いけません。優秀な方を見いだすのには、優秀な

方しか見つけられません。アインシュタインが長い時間掛かったのは彼より優秀な人が居

なかったからだそうです。「本当の上から目線は大切なのです。重ねます。大切です。」

とにかくこの様な下、明治を迎え一気に富国近代殖産時代が到来いたします。

サンプルを元に生産開始。用途の理解はさほど必要無く、只ただ、復元作業です。

得意です。突然のTANEGAJIMAの様にそして、MADE IN JAPANの誕生。

1世紀半、さて何を作るのか?手本が定まらず混乱の今日なのでしょうか?

70年代からのNEW MADE IN JAPAN。 

私たちのオリジナルは、こたつ、電気炊飯器、ウォークマン、内視鏡カメラ、蕎麦屋の

籠(カメラに採用)など余り多くはありませんが、とてのユニークな優れもの達です。

きっと、我々の生活の中から生まれる物が、アジアの人々に多く受け入れられる時代の

「物つくり」が、そこに在るのでしょうね。

面白くなって来たじゃありませんか。オリジナルMADE IN JAPANに期待をしましょう。

それにしても20年。 300年耐えたのですから大した事は無い。

「パティエンザァ」

そう、本日イタリアに留学していた女性が訪ねてくれました。

写真を載せてもいいとのお許しです。セニョリーナ S さんです。

コーフィーが美味しいと ・・・ 、話が長くなるので、又。

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2011年2月15日 (火)

イタリアとイタリアンデザイン フランスとL・VUITTON 日本と物づくり  NO.04

先週、(木、金、)雪の為臨時休業させていただきまいた。申し訳ありませんでした。

日曜日には、クラシック・カークラブの方が来られ「50人位これる?。」

お話をお伺いしていますと、徳大寺さんなども良くご存知の方との事。

I・Kサン、今度一緒にお会いしましょう。

今度は、愛車で来られるそうです。(うちのトランクを積んで撮影する事になりました。)

それから、K・Eさん、有難う御座いました。

紹介して頂いたKさんにもよろしくお伝え下さい。

それにしても、とてもリピーターの方に多く来て頂いております。

これは、自慢して良い事なのでしょうね。満足度?が高いという事でしょうかね。

皆様に感謝いたします。

有難う御座います。否、絶対数が少ないのも確かに事実ですが、それにしても有難い。、

さて、お待ちかねの続きですね。FRANCEでしたね。

皆さんもお気付きかと思いますが、意外とMADE IN FRANCEと言うのは少なく、

男の世界ではアルコールですね。

女性の世界では、化粧品、洋装品ですね。勿論ワインなどは女性も大好きでしょうね。

しかし、高級ブティックの多くの品はミラノ(コモ)で作られていました。

私がとても気に入っていた、「ガルトルッコ」と言うお店も、パリの高級ブティック御用達、

その様なお店でした。何故ここを知ったか?ミラノの冬は寒く運河からの霧が

立ちここめます。ロンドンに似ているので、トレンチコートが欲しくなり捜しました。

中々ありません。ええ、無いのです。そうです。中が無地の物が欲しかったのです。

店内に入り物色していると、「何かお探しですか?」「トレンチコート」「どこのメーカーの?

うちは色々なメーカーがある。」「どうして?」「うちで作っているから。」

「えぇ~あのMADE INENGLANDの B社、A社の?」「そう、他の有名ブティックのも・・・」

と言う事で、「中が無地のを探している。」

「ステンカラーやローデンや他のタイプならある。作れば?」

「幾ら?」「・・・・ 失礼しました。」

確か、この時「シャツ」を何枚か(カミチャ クラシカ ビアンカ ティーポ フランチェーゼ・・・

日本ではイタリアン カットと言うのにイタリアではフランス風と言います。)と、

マフラー(カミサン用ローマ時代のろうけつ染めの再現した物。)を

購入したのを覚えております。(6~7年前に行った時はなくなっておりました。)

シャツはとても上質でした。

さて実は、昨日来られた自動車クラブの方は、ミシェランやプジョーのお仕事を長くされて

いたそうです。しかもセールスマンの方などに車の特徴などを教授していたそうです。

専門家です。また、かのアストンマーチンのオーダーした車の完成を何週間?何ヶ月?か

殆ど毎日チェックで小さな工場に滞在されたとの事でした。

「丁度ここのような感じで・・・」?????彼は「綺麗な場所で、さほど大きくない工場?

(コウバです。)」

AT HOMEの意らしい。私にとっては、最大の褒め言葉です。有難う御座います。

色々な方が来て色々面白いお話には尽きません。

確かFRANCEでしたね、話しが混線。

まず、始めにフランス国歌の歌詞と日本国国歌の歌詞をお読み下さい。

違いは一目明瞭ですね。その様な違いがあります。

ここからスタートを切りましょう。頭を切り替えてね。 

さて、FRANCEは革命により近代化が進みかけますが、ワーテルローの敗戦によりやや混

乱が進みます。が、ナポレオン3世とオスマンが戦争や革命で荒廃していた首都大パリ

改造、実施しいたします。(公衆衛生からも)

公の建物の整備建造、道路の拡張、整備、鉄道の敷設と駅舎の整備が行われます。

つまり、ゴヤード、ルイ・ヴイトンの活躍の場をナポレオン3世と夫人が用意したと

云えましょう。

結果、道路が良くなり、流通が盛んになると、物が増え、豊かになり、旅行が始まります。

と言う「桶屋」より解り易い構造ですね。花形構造活況業種となるのであります。

時は、2次産業革命の中、消費時代が始まります。

まだ、オートメーションの大量ではなく、節度ある等身大の、人間力のマニファクチュア

リング(マニとはMANOー手の意)の時代です。

交通が発達し、有能で意欲のある人々がパリに集まり、先に豊かになった人達(ブルジャ

ージー)に供給していく優れた品を、用意したのでした。

こうしてFRANCE国内に留まる事なく、植民地や、遠くの国にも及びます。

その様は、規模こそ違えさしずめ今の中国、半世紀前の日本の様だっかも知れません。

とにかく、フランス版文明開化だったのでしょう。そして、その富はやがて、

ルネサンスのようにアール・ヌーボーを開花させます。

ワーテルロー以降、立場が逆転、英国に追いつけ追い越せ。

今まで、文明と文化を英国に輸出していたのが、逆輸入となったのです。

ルーブルを整え、ガルニエを作り、やがて初回パリ博覧会、第2回パリ博覧会(幕府、薩

摩の参加)、エッフェルの雄姿、こう云う状況の中、彼はどんどん新たな知識を積極的に

受け入れ、工夫をし、新たな物を世に送り出して行きました。

勿論、その主な理由は2つありました。1ツは、技術革新と機能。 2ツ目は類似商品との

差別化。レニエ、ダミエ、そして革命的LVイニシャル・モノグラムの誕生。

世は大洋を行き交う蒸気船の時代です。時が彼らを呼んだのか?それとも彼らは時を

読んだのか・・・・・

ゴヤードから遅れる事一年。場所もそんなには離れないコンコルド広場とガルニエの近く。

互いに競い合ったのでしょう。勿論彼らの他にも雨後のキノコの様だったでしょう。

しかし、この二社は現在の揺ぎ無い地位を得ているのです。

そして、19Cの後半にはL・Vの2号店を戦争の思いがまだ残るロンドンに出店いたしま

す。予想通り困難が続きますが、駅の立地を得てからは進展していきます。

やがて、何度目かの移転で NEW BOUND STREETに落ち着きます。

私の所に在る、さほど大きくない1個のケースは、ロジーヌ モデルなのですが、

ヴイットニットの様に無地のこげ茶色(後のJ・ルイス モデル?)、僅かにリベットと

ハンドルの刻印と内部のシールでヴィトンと分かります。

その上、金具は英国製の物を取り付けています。 

フランス製の金具は壊れやすいとの事らしいです。

何方か、ルイ・ヴィトンの原宿かパリのお店で、日本製の金具を持ち込んで

オーダーして下さい。自信の在る方連絡を請う。

クワバラクワバラ。でも、最近のルノーもプジョーもインターナショナルスタイルですね。

シトローエン5Cのツッアラー、良いよね。美しいよね。エレガントですね。

昨日のM さんは、今日のONE BOXの隆盛はフランスから始まったと仰っておりました。

「たまご」?

こんな感じです。物作りに付いて少し書きました。

又何かの機会に何か見つけて書きます。ありがとうございました。

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2011年2月12日 (土)

イタリアとイタリアンデザイン フランスとL・VUITTON 日本と物づくり  NO.03

I・Tさん 書き込み有難う。ボン・ボァージュ。

さて、今朝は銀世界。続きを書きます。只、少し気になるのは真面目に書きすぎるのかな?

では、という事で人々の性格はものづくりに反映し、逆に物づくりが、人々の性格を形成する

のでしょう。なぜならば「糧」となるから、人生最大の根幹であります。

よく言われるように、日本人は、「農耕型民族すなわち今で云う草食系民族」みんなで相談

して・・・・・何しろ、「漢字の細さと的確さ」と「平仮名の応用性と自由度」「カタカナの独自の

表現性」つまり余りにも多様である為複雑で、誤解を受けやすく説明を躊躇する。

これが、我々の得意な「沈黙と『言語不明と意味不明?』となったのでしょうかね。

 片や例えばドイツ系民族は寒く殆ど農業は駄目。狩猟民族。

計画と団結そして一瞬の臨機応変の対応と緊急時のリスク分析。

その為の、論議、疲れを知らない実行の為の真摯な論議。

イタリア系は、天候に自然環境に恵まれ、宗教的過去総合遺産による観光民族。

殆ど、努力しなくても集客できる。糧を得れる。この様な環境ではないでしょうかね?

少し私たちに欲しいのは、「アングロ的大人の見方と振る舞い」かもしれません。

つまり、「マネージメント能力」ですね。実は、私も弱いのです。

個人的には、「あの素人臭い物づくり感覚の中にある奥の深さ」結構好きです。

そう云う、面白さも日本の地方がどこも同じ様になった様になるのでしょうね。

でも、確かコレを進歩というのですよね。豊かになると言うのは・・・・・

もう少し進めば、何処かの学者が「豊かとは、・・・」 定義してくれますよね。待ちます。

自己責任てなんでしょうかね?

ちょっとグルメの方に聞いたのですが、「ヨーロッパもつまらなくなった。美味しいものがなく

なってきた。EUの規格が適用されたからだそうです。」バラには棘がある。小さい規模でも

EUの中では広範に広がるからです。つまり、『安心安全』、『安心安全』の為なら危なくても

良い。(ブラックだね。)  

さて今日も余り進みませんでしたが、イヨイヨ FRANCE と L・VUITTONに入ります。

2011年2月11日 (金)

イタリアとイタリアンデザイン フランスとL・VUITTON 日本と物づくり  NO、02

このよう状況下、つまり歴史的、社会風土の影響の化身とも云えるでしょう。

何しろ、『 美 』を理解するのが、教養であり、又、リーダーの資質に関わったのです。

しかし、現在のリーダーは、実業家が国家のリーダーとなりかつて、我がリーダーを

「ラジオのセールスマン』と称されました。

さて、そういう中でイタリアンデザインは、敗戦後長らくエリート建築家により生み出され

ていきました。まだ階層の色濃い当時、中産階級(日本の中間層とは若干異なる。)及び

豊かな海外マーケットを目指しました。

例えば、オリベッティーはイタリアンデザインを語る上で欠かす事が出来ぬ存在です。

つまり、事務職 ー ホワイトテカラーとしての体裁を確保すべくデザイン。

これが基本的条件にならしめた。つまりその様にセグメンテーションしたのです。

これがホワイトカラーたちの仕事です。「決める事」がです。

量やプライスのプライオリティーより上に設定したのです。

そして、場合によっては、カロッツェリアの伝統のようにハウジングを優先させたのです 。

何か現在の韓国や台湾などに一部似ていませんか?

彼らは、『美』という測りがたい付加価値を持って計りがたい成功をもたらしました。

やや後進であったアメリカは、『測りがたい』は避け、FORD方式を以てリーダーに、

文化の素養は「ヨーロッパ」に委ねます。ビジネスの姿を明確化したのです。

日本もアメリカの成功を目の前にし、価格重視のアメリカ型2番手を選んだのです。

そしてFRANCEは大陸の覇者?として文化、工業、農業のの複合国家を目指します。

ドイツは、大国の位置を追われ2分割された中、科学的性能重視輸出型「物作り」の道を

選んで生きます。

当時、比較的明確な「物作り姿勢」が其々に、有ったのではないでしょうか。

それゆえ、MADE IN ~ X X X という 自然?(国家的戦略)なブランドが成立して

おりました。

勿論、MILANOデザインを語る上でもっと大事な戦略を担ったのは、

「オッタゴノ」と云う雑誌で、これ無しには、語れません。

先日、TVでご覧頂いた arflex社 も中核をなしておりました。

それは、絵画や文学の世界で会派を設け活動をするのに似ていますね。

束になった方が、(これは私たちの得意技)さしずめ彼らは、グループ活動とでも云います

でしょうか?(何年か前、あるお役人に名刺を頂き「戦略デザイン課?」と書かれて

いたので意味を尋ねました。どうもタブーな質問をしてしまったようでした。)

ちょっと疲れましたので次回に。今は雪です。

2011年2月10日 (木)

イタリアとイタリアンデザイン フランスとL・VUITTON 日本と物づくり  NO、01

イタリアとイタリアン デザインとフランスとL・VUITTON 日本と物作り no,1として、長くなり

そうなので、何回かに分けさせていただきます。よろしくね。

今日の雨で 周りは、白梅、紅梅、そして、桜も咲きとてもきれいです。

勿論、四谷から九段、千鳥が淵もこれからでしょうね。

さて、先日見ていただいたTVのお陰ですっかり、気分はイタリアン。

そもそもFRANCEは、私にとっては旅の国であり、まったく言葉もわかりません。

従って、パリ、フランスが好きでもパリの人々はcoolなのでしょうか?どうも・・・・・

と言う事で、ちょっとこの例えはナンセンスでしょうが、あえて日本に当てはめるとイタリア

は大阪・フランスは、東京的と言えるかもしれませんね。微ミョ~?ドイツは名古屋?違う

ね。それは失礼。「えぇーどちらに失礼。」「聞こえません。」

さて、イタリアはギリシャに多くを学び、そしてローマ・ルネサンスに学んだフランス。

ことに、イタリア各地に見る絵画、彫刻、建物、街に見る美術的文化財価値。

彼らは、この様な環境下で何世紀にも渡り「美」を長く育んできたDNAを体に刻印されて  

いるのです。

つまり、ファンダメンタルとして全員が差こそあれ素養として持っているのです。

投げ手にも受け手にも、あるのです。共通価値観としてです。

片や数百年にわたる、室町・江戸の美術的文化はこの100年間近代化・富国・そして不幸

であった強兵化、実に虐げられてまいりました。

僭越ながら、これからの成長した私たちはバランスよく、さらに発展していく事を目出さな

ければなりません。そういう意味でかたよった、専門分野における一方的なグローバル化  

は何れ破綻をきたすでしょうが、暫くは勝者の原理にもとずき推し進められるでしょう。

勿論、観光国家や文化国家としては、マジョリティーとしては成立しない我が国です。

逆に申し上げれば、世界においては稀有な存在なのではないでしょうか。

とかく、日本人は個性が無いと聞きますが、私は実に稀な?正しい個性を持った実に真面

目、?でユニークな誇れる集団であると承知しております。美徳であります。ただしいて申

し上げれば、真面目ゆえ退屈であるのでしょう。しかしながら、今日では、

この美徳にあこがれる人々もグローバル化のお陰で急激に伸びています。誇りです。

そして、私たちの価値観はこの様な其々の環境の下で全てが営まれ続けられて参りまし

た。

しかり、『物作り』もです。つまり「物つくり」という産業における価値のプライオリティー

が、大量生産・シェアー獲得のため国際的共通化されつつありますが、片や反逆にこそ活

路を見出すグループもますます活躍にスポットライトを受けるでしょう。

面白いじゃありませんか。実に愉快。そいう時代に生きているのです。私たちは。

今日は、入り口です。続きをお楽しみにしてください。

2011年2月 8日 (火)

PRADAとF,LLI PRADAの質問

「イニシャル I の男」様にお返事いたします。

でも最近は、中という方も増えてきたのでしょうか?皆さんTVなどでオ活躍のようですが・・・

私の所も男、女、中、元、全てOK。何でもありです。OPEN MINDです。

さて、質問有難う御座います。

まず、わかりませんネ。あれば私も興味あります・・・教えてください。

写真の物は、40年近く前の物です。 10年位前にMILANOの「モンテナポレオーネ」のお店

で修理の件で責任者に聞いたところ、「良く解らない。知らない。内と関係があるの?」との事

でした。

でも心配しなくても、世の中まだブランド?になって無くても「良い物」?を作っている人達が、

案外身近にいるかも知れません。そう云う物を見つけましょう。自分に自信を持ってネ。

つまり、小さな気に入った絵を買うような心境でね。そうすれば貴方はそこのスポンサーにな

るのです。そうすれば楽しい。買い物の真髄です。実に贅沢だ。

こんな答えで宜しいでしょうか? 又質問下さい。

                                        主より

2011年2月 7日 (月)

F.LLI PRADA とPRADAについて

I 様のご質問についてお答えいたします。

F.lliはfratello(兄弟の意)の複数形 英語でbrothersですね。

私も、そんなに詳しくは、知りませんが、当時日本語を勉強していた娘さん(オーナーの)

から聞いたのですが、兄弟で始めたとの事でした。

場所はMILANOのガレリエの今のLVが在る所でした。

1階は20平米少々で地下はその何倍も大きくとても階段が立派だったのをおぼえてい

ます。何ということが無いのですが、とてもMILANOらしい趣きがあり、必要以上に洗練?

されなくて、素敵でした。

今では想像も出来ませんがね。外見はチョッとシャンゼリーゼ70のLVに共通していたよう

に思います。

売っている物は、まるで昔の日本を思わせる様な信玄袋や組紐等の様なチョッとヴィクトリ

ア風の物などが高級品として置かれていました。

恐らくとても日本に興味があったようです。彼女も今は60歳前位に成っているのでしょう。

私は、ブランドには関係がありません。なぜなら、職業上いい物が欲しいのです。

しかし、プラダには実にいい物が沢山ありました。実に良い。私にしては珍しく求めました。

その一つが写真の札入れです。紙の袋も良いでしょう。特に革がいい。エクセレント。

タイガより遥かに細かいプレス。薄くて。軽くて。勿論その分余り丈夫ではないが・・・

以前も書いたように良い物は、丈夫じゃないのです。間違えないで下さい。

あくまで貴族趣味なのです。ロールスロイスの色を思い出してください。

608feb06       610feb06

ここの、杖は最高でした。母に買おうと思ったのですが、柄が鼈甲であったので、母が

折れるのを心配して購入しませんでした。惜しい。

それから、当時お土産に買って(前記のお姉ちゃんに頼んで安くして貰いました。

これが、実に好印象です。イタリアではシンパティカといいます。)しかしながら、日本で

は、やはり誰も知らなく、只喜んでくれたのは姉一人でした。勿論、彼女はブランドなど興

味の無い人でしたが、革が良いととても喜んでくれました。彼女は偉い。

今では、何処かの知らない?巨大資本傘下に入っているそうです。

それ以降はまったく興味が失せました。

如何ですか?I 様。余計なこと書いてしまいましたか?ここが、独立系の良いとこです。

CINIの写真、捜してお見せします。彼女はあの写真しか出しません。

気に入っていて。若い頃の、ね。

ルイ ヴィトンとイタリアンデザイン

お陰さまで昨日は、かなり多くのアクセスを頂きました。

イニシャル I 様 及び I 様ありがとうございます。

何時かMILANOの企画が出来ましたらお知らせいたします。

私の所は都心から1時間少々です。お忘れなく。

白洲サンのベントレー 先日、北京ーパリラリーに同型同色が出ておりました。

私のベントレーもブリティシュ・グリ-ンです。「えぇ~持ってんのカよー」「えぇー今、テーブ

ルの上に駐車しています。」有難う御座いました。

さて、ITALIAのクールなモダンデザインとホットな古いものを組み合わせ調和させる。

例えば、古い空間(フレスコ壁画のある空間にモダンな家具、日本では古民家等)それと

逆にクールな空間にホットな家具、たとえば日本に当てはめると、マンションのりビングに

古いルイヴィトンのHOT なトランクをテーブルに仕立てる。(値段は余り下がりません。

むしろ上がっていきますからね。・・・全て1点もので幸運に恵まれないと手に入らない。

そう云えば、昨日、骨董屋さんから電話がありました。)

彼らはその様にして付加価値を付けていくのです。スイカに塩ですね。

私は、CINIの下で色々インテリアや建築、街、物、時間、歴史、そして人、などについて考

えさせられました。

機会があれば少しずつ書かせていただく所存ですが、かなり狭い話に入りそうなので、

もし、更に知りたい方は、メールか書き込みください。

2011年2月 6日 (日)

ブランド?物造(作・創)り?

有難う御座いました。多くの方に見ていただけたと思います。

タダ残念だったのは、私が見ることが出来ませんでした。残念。

でも、私は体験者なので見なくても解っているのですが・・・・・もし見てれば、感涙だったか

もしれません。?とにかく青春時代そのものでしたからね。第一、年のとったCINIを余り見

たくありません。一応私は、当時、arflex社の開発デザイン室責任者をしておりました。

H・Tさま突然の身勝手な退社本当に申し訳なく思っております。この場をお借りして改め

てお詫びいたします。

それにしても、後何年かで40年前になります。すっかり時間が過ぎ変わりました。

あのMILANOさえ、残念ながらすっかり変わりました。昔は、いいシャツ屋や銀製品

や本屋さんが、在ったのですが・・・・・何しろ本物の「プラダ フラッテーリプラダ」がありま

した。(ミラノの一番いいのは町の大きさがヒューマンスケールである事です。

ミラノに限らずヨーロッパでは、ヒューマンと云う意識が、高いと思います。

イタリア語で、「センサ ウマニタ」とよく言いますが、「非人間」と言う意味で最悪の人格を意

味します。時々ツアーを企画しないの?と聞かれます。)

さて、私がこのような事を始めたのも、私が決してブランド好きから始めたのではなく、

『物作りとは、?良い物とは?勿論貴方にとって』ということです。それを見つけ育てる

のが、私たちです。金八は云います。「いいですか、人は一人では立って行けません。」

私は、「人は足を大きく広げ、大地に立たなければいけません。」

そうです。今当地では選挙シーズン。政治と政治家の問題と同じなのです。

私たちが、無関心で居ると・・・・

話を戻し、私は良く「ブランドとは?」と訊ねられますが、「世界観・価値観」ではないかと思

います。そこに共感するか否や。徳大寺さんのお言葉をお借りすれば「間違いだらけの

ブランド選び」?

P2050590 話は、変わります。昨日のカミサンの作っていたいい匂いはこれでした。

当地では、そろそろ美味しいミカンがなくなります。

でも、我が家では新登場。 アランチーノ(オレンジ)です。「コロッケ?」芋はニョッキくらい

で余りイタリアでは食べません。スイス・ドイツでしょうかネ。

でも味は、クリームコロッケの高級版?と御伝えいたします。が、食感が違います。

結構、手間が掛かるのでよ。やや軽めの赤 トスカーナ産 辺りで如何ですか?

勿論1、000円位で充分。1、000円と言えばうちの入場料。しかも、MILANOの角の

バールと同じ味のコヒーです。なぜなら私が毎日飲んでいるから。

生ビールでも愛想ですね。ただし炭酸の強いのはダメ。

機会があれば是非。

以上有難う御座いました。

2011年2月 5日 (土)

「ヴィトンの100のトランク」と「ヴィトンの100弱のトランク」

皆さん 今日、BS 日テレ 21時~21時56分 を、忘れないでね。

「ヴィトンの100のトランク」を昨日見ていると、私の所の「ヴィトンの100弱のトランク」、の中

にあるチョッとウサン臭い(失礼)感じの「紙」製のトランクーマルモッテが紹介されていまし

た。私は来客の方には「布地等のセールスに使用し本格的な旅行用ではありません。」と説

明しておりましたが、「100のトランク」では、セールスマンがサンプル等を入れたとの事。

また、自動車王(と言うより近代産業王と呼ぶに相応しい)ヘンリーフォード2世の奥様が、お

持ちであったトランクを譲り受ける際、内装がモアレでしつられていたので、違和感があり、

質問すると「私は、彼女の家の近所に住んでいて、彼女が亡くなった時教会のバザーがあ

り、それで買ったの、だから詳しくは知らないの。」「内装が違う?」「貴方詳しいのね。じゃァ

彼女、REMAKEしたのでしょう。『それより要るの?要らないの?』」「頂きます。」このトランク

と同じような内装は、エリザベス2が、パリを訪れた際用意した物とほぼ同じ様なので、

ルイ・ヴィトンで特注仕様していたのかもしれませんね。当時何しろ会社(ルイ・ヴィトン丸ご

と買えるくらい朝飯前の方ですからね。因みに、稀有な人々にはシリアルナンバー等と言

う下賎の物は必要無いのかもしれません。何しろU・K女王さまと自動車王ですからね。)

参考に白洲次郎さんがお持ちのトランクと同タイプの同じ時代の物です。

恐らく戦争前のものと思われます。

南足柄の「ヴィトンの100弱のトランク」見たくなったでしょう?

「美味しいコーヒーORジュース付きで1、000円。ええ高い?」

「そうですか。貴方様の生活環境と過去体験からのご判断なのでしょう。そういう方は、

そう云う、それなりの選択基準のお持ちなのでしょう。私共といたしましては、

いたしかたありませんネ。」

そろそろ暖かくなってきます。外は花、私共はLVの3種の花?(星)でお迎えできます。

今、カミサンがアランチーノ アル フォルマジオ スペチィアーレを作っております。

「何それ?」ああいい臭いだ。次回に写真つきで・・・でも味を知らせるのは、

彦丸に任せる?。

2011年2月 4日 (金)

石(意思)の上にも三ヶ月。

昨日で丁度、ブログを始め3ヶ月経ちました。

ありがとうございました。筆不精、コンピューター音痴、めんどくさがり屋、その上三日坊主

短気、何十苦の私が眠い夜も・・・・・

何しろ、小学校の日記も一日で夏休み分全部を書いたのを覚えております。

偶に、書き込みなど頂くととても嬉しくなります。

「あァ 見てくれているのだ~」それにしても1日30人近い方が、見てくださっているのです

ね。有難う御座います。これからもNEWS、や体験談など掟なしで書く次第です。

皆さんも掟なしで、参加してください。

昨日、ある雑誌の原稿を依頼されました。始めは先方に任せていたのですが、やはり検

討の結果「自筆が良いでしょう。2~3、000字くらいです。」

幸い以前から少し書き溜めた物があるので、それを参考に書くつもりです。

依頼の中に「革新の伝統・・・」と言う言葉が在り、革新と言うのは「革が新しくなるのか?」

「皮が新しくなるのか?一皮がむける?・・・どうも革新らしくないね。」こんな余計な事を

めんどくさがらず考えてしまいます。

さて、「さっそくカミサンにフォロー宜しくね。」とお願いいたしました。ちなみに彼女の国語

の成績をあわせ平均すると、3,5になりました。どうです。これなら中の上。

大丈夫。出版されたら読んでね。勿論買って下さいね。

私は、タダですので悪しからず。

先ずは、三ヶ月有難う御座いました。まだまだ続けます。面白いとお思ったら他の方にも

教えてくださいね。何しろ来客が少なく困っております。サポートおねがいします~

「ヴィトンのパリで買ったとても古い大きな数個のトランク」?

私の留守の間に、かなり高齢らしいご夫妻が見えられ「私もここに在るようなルイ ヴィトンの

パリで買った古い大きな数個のトランクがあり、買って貰えないでしょうか?」「私共では、

販売や買取はやっていないのですが・・・」「えぇぇ 入場料がいるのですか?じゃァ、いい

わ」jとの事なので、私は、えぇ~、そんなに日本にあるんだーと思いながら、確認の為TELを

入れました。「まず、御幾つ位お持ちですか?」「いくつも。ハンガーが付いているのとか・・・」

「ところで、相当古いようですが何時頃のですかね?」「そうですね?もう20年は経っていま 

すね。」「えっ 20年ですか?・・・・・ハードケースですか?」「ハードケースて何でしょう」

「いいえ、やわらかく折りたためます。気おつけてきれいに使っていました。」以上でした。もし

ご興味のある方はご連絡下さい。ちょと安心した様な、納得した様な、がっかりした様な・・・

何だか今日の暖かかった日に相応しい出来事でした。もう春ですね。

2011年2月 2日 (水)

おしらせ BS 日テレ 2月5日 21時~21時56分 arflex&CINI

友人の I 氏からメールを頂きました。

皆さん BS 日テレ 2月5日(土) 21時~21時56分

を是非見てください。「悠久のブランド」と言う事で私と I 氏の勤めていたa社と、

若かれし頃、ミラノ時代の建築事務所のARCH、DOTT、CINI BOERI女史(私のボス)が出ま

す。先日『世界で一番美しいトランク』と題して書きました。その当人です。

是非見てください。

2011年2月 1日 (火)

ルイ ヴィトンとデザインと時代のリーダー

時々私は、ルイ ヴィトンと申し上げますが現在のルイ ヴィトン社や商品(知識がありません)

ではなく、多くの場合、創業者ルイ ヴィトンやヴィトン ファミリー、またその時代の製品に

付いて少々申し上げる事が主です。再確認の為、明記いたします。

さて、ローマ滅亡以来、空白?と言われる中世が終わり、ルネッサンスを迎えますが、

まだ都市国家又それらに累する特権階級や宗教・神に対するもの作りが、

再生されていきます。

19世紀初頭ルイが生まれた時代は、ヨーロッパの国家が共和国の時代になり始め、

第二次産業革命の中、産業が国家を豊かにし、益々権力を増大させ戦争で権利を

明確にする時代だった様です。そして、それらの富が新しい社会構造を作り、新たに

豊かになった開放的な人々に相応しい、新しい生活スタイルを提案し、消費意欲を

満足させる為の多くの商品が生まれていった。

それは、ロココを境にモリス、ユーゲントの時代に移りそして、ナンシー、アールヌボー・

デコ、バウハウスと続きます。

その様な激しく生活様式が変わる1世紀少々、ルイ ヴィトンは、旅行鞄?(彼は革を否定

したと思いますので鞄の字は使いたくありません。)トランク?ケース屋さんとして思う存分

腕を発揮しリーダーとして栄光を極めてきました。なぜなら、リーダーに相応しい製品と

してデザインをしてきたからです。

つまり、彼らはルイ ヴィトン企業の為だけと言う事ではなく、リーダーの荷役を果たして

来たと思います。そこに共感を特に今、感じるのです。

多くの人々(社会的リーダー)が、決して放棄してはならない自覚を放棄し、既得権の権利

意識を堅持し・・・・・

とにかく彼は、魅力的だったのです。孤独な合理主義者の冒険家のように。

突然話が変わりますが、まだハッキリしておりませんがドイツより嬉しい知らせを頂きまし

た。嬉しかったのでつい大きな声で誰かに聞かれると不味いので書いてしまいました。

大きな声で読まないようにお願いいたします。何よりこの手の話は、糠喜びの終結が通常

でありますので、以降は無いかもしれません。

皆さんも、どうか上手く行く様期待してください。

それから、ヴィトン広報室とは一切関係の無い(ご挨拶はしております。)主です。

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